電子メール仲間の某テレビ制作会社女性プロデュサーが「こんな刑事だったら、捕まってみたい」と勧めてくれたのがこの本「警視庁刑事」。捕まってみたいとまで言わせる刑事、さぞかし二枚目の刑事かと思ったら、そういうことではなかった。刑事としての生き方に惚れたらしい。
この本は実際に刑事だった男の半生が、語り口調というのか、インタビュー形式というのか、その中間の方法で書かれている。これがなんともいい。普通ならゴーストライターが書いて、知らんぷりして自分の名を出すんだろうが、刑事鍬本さんの実直さがこんな所にも出てるんでしょうね。また「おれは刑事の職人でィ、文字なんか書くか」といった感じも伝わってきてちょっと変わった格好良さがあります。
昭和二三年から巡査になっているので、時代は古い。最初の給料が二,四七〇円だと。そして退職二年前の昭和六一年が、三七五,三〇〇円。この数字を見ただけでも、時代の強烈な変遷を感じてしまう。古き良き時代のせいもあるがと本人は言うが、暴力団や詐欺師、スリ仲間達の癒着なしに犯人は捕まえられませんと豪語する。悪い奴らと云われる彼らと一緒に飲んだり、博打したりして、捕まえる方と捕まる方が微妙な関係を保っている。本人の名誉のために言っておきますが、博打で勝っても金は若い衆にやっちゃうし、奢られたらお返しはすると言う。正義感とヤクザな生活が同時にできる一匹狼。女でなくても惚れちゃいそうだ。
鍬本さんのすごい所は、詐欺師やヤクザを「悪い奴らだが、人はいい」といいと言い切るところ。これを人情というのか、人間の本質を見る力というのか。反対に考えれば、人は良くても、悪い事をするのが人間だということか。「罪を憎んで、人を憎まず」とは、悪い事は誰でもやる可能性があって、悪事と人間性は別だと云っているんだろうか。ウームなかなかその境地に達しないな。あの福祉を利用して私服肥やしたオヤジはどうなんだろう。全くもって人間性を疑う。そういう物があるのかしら。鍬本さんに云わせれば、「悪い奴」にも入らない最低の男となるんだろうな。
あと面白かったのが、殺人現場をみるとやる気がおこるという話。捜査中でもその現場写真を持っていて気持を奮い立たせるらしい。
これは刑事役をやる俳優さんの必見の本と言いたい。
( 協力 / 桃園書房・小説CULB '97年2号掲載)