旅の一冊に何の本を選ぶか。しかも、飛行時間の長い海外へ行く場合。私は根っからの読書好きじゃないもので、椎名誠さんの様に、この機に一気に読もうと何冊も持っていく事はしない。たったの1冊だ。その1冊ですら重たいと思っている。
この1ヵ月に、ギリシャはエーゲ海に浮かぶサモス島、モンゴルのゴビ砂漠へと旅して来た。ギリシャは仕事だが、モンゴルは全くのプライベイト。実に何とも、地球は美しく広い。あ〜旅の事が書きたい。自慢したい。しかし、ここは読書感想文のコーナー、だらだら旅の事を書いたら怒られるだろうな。
エーゲ海の波が打ち寄せるレストランで食事をしていた時の事だ。サモス島はホットケーキにかける蜜の香りがして、リゾート地を除けば、田舎がふんだんに残っている島。デザートに西瓜が出て、皆うまいうまいと食べていると突然、現地のロケバスの運転手が「スイカなんか作っている奴はダメだ」と怒り始めた。唐突な御意見なので思わず笑ってしまったが、理由を聞くと太陽と水さえあれば育つものを作ってる奴はダメだと言う事らしい。山形の西瓜作り名人には聞かせられない話だ。運転手がよくて、スイカ作りはダメ。のどかな職業差別だとは思いませんか。
さて旅の1冊だが、2回の旅でこの1冊『棟居刑事の追跡』トホホホホ……情けない。
真っ青な空に、どこまでも続く海と草原。何で刑事物を選んでしまったんだろう。もっとも旅先のホテルでは私はいっさい本は読まない。もっぱら酒。飛行機の中とは言え、都会に行く訳じゃないんだから、もっと本選びに時間を割けば良かった。
某新聞の書評がいけない。最後まで飽きさせないとあった。飛行機では飽きないのが何をさておき先決、これしかないと判断した。それに頭も使いたくない。さすが大御所作家、飽きない事は飽きないが、書評で飽きないと書いてあるのは褒め言葉ではないようだ。
ライフケアマンションでのおばあちゃん達の人間模様は、そこはかとなくおかしくてワクワクして来る。ところが売春がらみの殺人が起きると、途端に2時間ドラマのサスペンスを見ている様な雰囲気になる。殺人なんか起きなくてもいいのに、社会派だけで通せば。まあ、それじゃ刑事物にならないか。
読んでいて、展開の速さといい、遠近感、移動、すべてテレビの映像化を意識した小説に思えてしようがなかった。文字から直接映像が目に浮かぶのと、テレビ画面が一度浮かんでしまうのでは、大きな差がある。日常からの脱出が旅であるなら、テレビからの脱出が小説であるべきだと思う。それとも、空中で本を読んではいけないという事かしら。( 協力 / 桃園書房・小説CULB '95年10月号掲載)