この原稿は、画期的である。ワープロを使い始めて早5年、今まで馬鹿にされ続けた「ひらがな入力」をやめ、「ローマ字入力」で書いているのだ。物凄く時間が掛かる。あらまた「ひらがなに」に指がいく〜ッ。練習なしでやり始めるのは無謀というものだ。馴れればこっちの方が速いと言うが本当かしら。とにかく、1字づつ書いているので(ああ〜「つ」に濁点が打てない)丁寧に読んでくれ。左手の小指で「A」を打っても、小指が引っ掛かって、すぐ英語の小文字が出てしまう。畜生、原稿料倍よこせ!
遊んでいる場合じゃない、仕事だ。この『プリンスホテル』は、中村有志御推薦の本で、借りた。本をくれと言ったのだが、嫌だと抜かしやがる。読み終わった本は捨てるタイプなのに、相当気に入っている。確かに面白い。理屈はいらない。コントでもそうだが、笑わそう笑わそうとすると絶対受けない。おやじギャグが陥る「なんだかな〜状態」になってしまう。笑いの基本は、さりげなくしたたかに。あるいは異常なテンションの高さしかない。その両方がこの小説にある。しかも映像でも舞台でもなく、活字でしか通用しない方法で。例えば、他人を殴れば悲惨で血なまぐさいものだが、ひょうひょうと表現されると思わず笑ってしまう。主人公である小説家は、か弱きと言うか屈辱にまみれた女性達を殴る。大した理由もなく、日記帳の角で叩いたり、張り倒したり、朝の目覚めに拳で目ん玉をアザができる程殴る。私はふいを突かれて爽快、爽快。不思議な作家である。
弱者が安息する場所、ヤクザが憩うプリズンホテル。決して泊りたいとは思わないが、安らぎそうな予感はある。なぜか?サウナが好きな私は、レストルームで彫り物をした怖い人をよく見かける。彼らは従業員を虫けらの様に「水!」とか「毛布!」と客だから当然という顔で不遜に扱う。「身体に墨を入れた方、入場禁止」と外に貼紙あるのに。いったい何の権利があってと思うのだが、権利なんかいらない。強いからそうできるのだ。単純な論理はなぜか心落ち着かせる。命令される方も卑屈になっている暇もなく、ウキウキ楽しそうに見える。
また、ある落語家が刑務所に慰問にいった時、受刑者を前にして開口一番「この悪党共!」と言い放ち、場内割れんばかり笑いが起こったと言う有名な話がある。単純で本質的な論理は、大きな笑いになるか、大失敗か。賭である。しかし、その綱渡りを知ってしまった者は、もう笑いの虜になってしまう。この作者はその辺のさじ加減を知っているとみた。はっきり言って、唐獅子なんかより、私はこっちが好きだ。
「づ」書けたぞ。電話で事務所に聞いた。DUとはなあ……。
( 協力 / 桃園書房・小説CULB '94年6月号掲載)