女心をくすぐる、もてる男の感性はいかがなるものか。興味の大半はそこにあって読み始めたこの「受け月」。なにしろ夏目雅子、篠ヒロ子と、しっとり美人を射とめた伊集院さん。羨望と共にある種の衝撃を受けた方は多いのではないだろうか。気分はすっかり芸能レポーターで、7つの短編を読み終えた後、ウームこれならもてると納得してしまった。
普通、もてる条件として、見た目の格好良さは当然だが、精神面でいえば物に動じる事がなく決断の早い男らしさ、母性本能を刺激するとぼけた子供っぽさとかがありそうだが、それだけでは並の女しかつかまらない。何がもてる最大の条件かといえば、ズバリ!男の影であったのだ。この影という奴は演出してもすぐ見透かされるし、へたに気取れば馬鹿になってしまう。宿命や環境から備わってくる物なので、いかんともしがたい。この本を読む限り、伊集院さんの方がくどいたんじゃなく、しっとり美人のお二方がその影に吸い寄せられる様に虜になったと想像できる。
影にもいろいろあって、ただ不幸の匂いだけではダメ! 知的な屈折でもダメ! もてる影とは、そこはかとない情緒、外人には理解できないだろうワビ、サビ的情緒を持って、はたまた体育系のさっぱりした不幸の香り持っていなければならない。実に難しい条件だ。
この本に登場する男はそんな影を持っていて、しかもその影がでかい。つまり、実際に夕日を背負った時にできる影もでかい大男ばかり。大男といったら、無口でずる賢こさがなく、失敗したら脆そうといった印象を持ってしまうが、この本ではそのイメージを素直に利用して、読み易くなっている。一編だけは小男だが、このバランスがいい。野球で云えば、2番打者といったところか。全編、元野球選手の話なので、緻密な作家はそんなとこまで考えたのかも。
プロ野球選手といえば、少年の頃から野球づかりで、どうにも影があるとは思えないが、あと1歩でプロにいけるのに野球を断念せざるをえない、そんな経験を持つ者に絶望的な影がつきまとう。確かに、才能に絶望する事はつらい事かも知れない。ミュージシャンであれコメディアンであれ、相撲取りであっても、挫折の後は哀れである。いわゆる第2の人生という奴。元相撲取りで、関取になれなかったチャンコ鍋屋と聞いただけで、ちょこっと人生が悲しく思えてくる。がんばれよ、成功しろよ、チャンコ鍋屋の横綱になれよとか言ってしまう。いわゆる日本的人情だ。
この本を読めば、自分に人情があるかどうか確かめられる。この本を私は「大男礼賛!しっとり女性にもてるための、乾いた人情読本」と名付ける事にした。
( 協力 / 桃園書房・小説CULB '92年11月号掲載)