ICON 一度食べてみなさい

「晴れた日には鏡をわすれて」 / 五木寛之(角川書店)


 本屋さんの新刊コーナーに立ち寄ると、タイトルよりも装丁が「読んだほうがいいよ、読んだほうがいいよ」と語りかけてくる本があります。この本はまさにそうだった。「晴れた日には鏡をわすれて」。ブルーをバックに浮かぶ、白と黒の2匹のアヒル。なんとも清楚で斬新な絵なのだ。読み終えた後に、この絵が内容を端的に表現している事がわかり、装丁・安西さんにも拍手を贈りたくなる。なぜそんなに装丁が気になったのだろう。私の好きなミュージシャンで、軽妙なクラシカルな音楽を奏でるペンギン・カフェ・オーケストラのL・Dのジャケットのタッチと非常に似ていたという事もあるかもしれない。装丁もジャケットも人間でいえば、顔の様な物。中身のセンスが顔を作るという事か。
 とりあえず、テーマは顔という事なのだが、日本を代表するストーリーテーラーの五木寛之。私が、あらすじを語っては身も蓋もない。とにかく、ぞくぞくする導入から始まって、先へ先へと読む事を焦らせられる。
 五木寛之といえば、嫌いな人は嫌う。そして、その大半が食わず嫌いが多いように思う。あの端正なマスク、そこからくる底の浅そうなイメージ、流行歌が好きで体制的な臭い、嘘っぽいセンチメンタリスト。そして、いつもベストセラーになるので、誰でも読むような物は絶対読むかといった反発心。物静かに気取った饒舌な喋り方。そんなこんなで食べない人は食べないのではないでしょうか。でもそんなあなた、一度食べてみなさい。おいしいよ。果物のキウイの味とでも言おうか、つるりと口に入って、なんか繊維がある。この繊維が、心のひだにピチャピチャ触れてくるのだ。ニヒルにサディスティックに。ズッシリ重たければ、ストーリーは快調なテンポで進まない。そのバランス感覚はお見事!
 彼が口癖にしている、自分はエンターテイナーだと言い切る自覚は、お客様のワクワクする気持ちを考え、自在に操る事なんでありましょう。操るとは嫌な言葉だが、操られて気持ちいいのだから許します。
 操られて、翻弄されて、グイグイ引っ張られて、最後がちょっとねという気がするが、ここまで、引っ張ってくれたんだから、まあいいか、堅い事は。寄席、演芸界のエンターテイナーは最近オチはつかわないとでも言っておきましょう。このオチという言葉、読んだ人にはわかる掛け言葉になっている訳ですね。オチよりも余韻、大事にして欲しかった。
 そして、今日この頃、電車に乗ると、前に座る他人の顔と私の顔が変わったとしたら、人生がどう変わっていただろうかと、ひとりイメージ遊びする様になってしまいました。結論はいつも、私の顔大好きでしめる事にしています。

( 協力 / 桃園書房・小説CULB '92年4月号掲載)

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