どっと疲れて一年が明けた。昨年、妻の家族に不幸があり、片田舎の温泉でひっそりと正月を迎えようと、那須に出かけた。 ところが、片田舎は同じ思惑の人達であふれ、谷あいに一軒しかない温泉宿は大にぎわい、ひとたびテレビでもつけようものなら、にぎやかさは2乗し、ワイワイガヤガヤ、戦場で傷ついた負傷者が大挙おしかける収容所みたいな雰囲気になってしまった。確かに、不幸は忘れた。それはそれでよかったのだろう。
しかし、テレビの威力は凄い。静けさを底引き網で一気にすくいあげる。まあ、私もそのテしビに荷担しているので文句はいえない。正月番組だけで、海外に三度も出かけた。オーストラリア、アメリカ、ヨーロッパと、延べの飛行時間はおよそ60時間。相当に本が読めそうだが、読んだ本はこの一冊だけ。「全英オープン殺人事件」。
元来私は、旅に重たい本を持っていく程、本好きではない。旅の目的は、何もしない事を楽しむものと決めている。
さて、私に選ばれた、バッグにすぐ入る文庫本は、実に盛り沢山の内容。暇をつぶすにはもってこい。ゴルフが楽しめて、女がからみ、殺人があって、ドイツの戦争の香りもして、人生の悲哀ありのミステリー。
旅の道連れの本は、ある種の信頼感がなくてはならない。私は訳者の永井淳で決めた。この人「アイオワ野球連盟」「シューレス・ジョー」「ボギーマン」と私のお気に入りの本を訳しており、期待感は充分であったのだが、盛り沢山すぎて、ちょっとダラダラという感がある。読む側の欲の深さを反省させられてしまう。
ミステリーは犯人がわからないように、いかにも犯人らしい人を登場させ、読者をだましながら話が進む。そこがカッタルイ。だからどんどん話が長くなる。それがミステリーのミステリーたる、所以・セゆえんソであるのだろうが、だまされる事が嫌いな私はミステリーにむいていないのかも知れない。
話は実に単純なのだ。渡り鳥ゴルファーが、この渡り鳥というのも、いかにも、盛り沢山。旅と車が出てくる。その彼が全英オープンに出場する。優勝を狙う1人のプロゴルファーが敵となる相手に次つぎにプレッシャーをかけ、最終18番ホールでは、自分が優勝するために、狙撃者まで雇っているという話。
そのプロゴルファーが最後までわからない訳だが、わかった所で、ああこの人だったのかといった程度で、かえって消化不良になってしまう。いっその事、犯人のわからないミステリーの方がいいのかも知れない。その方がひとつの話に味わいが出てきて、ごまかす必要もないわけだ。
最後に、これから読む人に素晴らしいプレゼント。犯人はゴードンだ。
( 協力 / 桃園書房・小説CULB '92年3月号掲載)