ICON 生涯ザ・マイナー

「芸人魂」 / マルセ太郎(講談社)


 マルセ太郎が、ついに本を出した。彼が自分で本を出そうと思いたったりする訳がない。回りからヤイのヤイの言われて、汗をタラタラ流してタバコをブカブカ吸って書いたに違いない。しかし、一度でもマルセさんの芸を見たことのある人には、待ってました! マルセさんと言ったところだ。
 タレントが書いたのだから、いわゆるタレント本と言えるかも知れないが、決定的に違うのが、彼が生涯一捕手にあらず、生涯ザ・マイナーを貫いた事にある。これは自分の意思ではないかも知れないが、この「芸人魂」を読むと、なるべくしてなったマイナーという気がしてくる。笑いに品を求め、芸術性を重んじる。時流に乗る訳がない。まあ、この辺がマルセファンには堪らないところなのだが。
 なにしろ、マルセ太郎に、見てきた事やちょっとした経験を話させたら、その表現力と説得力に殺気を感じる程の凄さがある。観察眼が普通の人とはちょっと違うのかも知れない。ある対象の中に面白さを見つける能力、これは普段の生き方、考え方の幹がなければ、絶対生まれてこない。
 これはマルセさんと関係ないのだが、こんな話を聞いた事がある。ツービートが、営業で旅に行って帰って来た。2人はほとんど同じ経験をしてきた訳だが、きよしさんに旅はどうだったと聞くと、別にどうという事はないと答え、たけしさんに話を振ると、面白い話がゾロゾロ出てくるわ、出てくるわでその2人の違いに驚いたという。別にここで、アイヅチの天才きよしさんを責める訳ではないが、成るほどと思わせる話である。
 そして、マルセさんは、完ぺきにたけし型お喋り好きである。まあ正確に言えば、たけしさんが、マルセ型お喋り好きと言うのだろうが、マイナーとメジャーの差はいかんともしがたい。どうしてもこういう例になる。
 その話術が活字になって大丈夫なのだろうか、一抹の不安を抱きながら本を開いた。しかし、その不安は数ページ読んだらふっとんだ。なんとも、軽妙な文章、これは私の好きな東海林さだおのコラムかいなと思ってしまった程で、声に出して笑ってしまった。そして中程になるとズッシリと重たくなってくる。ヒロポン中毒から抜けでる話。キャバレー、ストリップ時代の哀話。日劇ミュージックホールの楽屋風景も生々しく伝わる。それに友人やら家族の話。それが、全部エピソードでつづられており、ウンチクになっていない。これがいわゆるマルセ太郎の「芸人魂」なのかも知れない。考え方を説明するより、きっちり表現にしよう。これが、徹底している。
 すべてが、どこか哀れで滑稽。一途な者には、ちょっとした幸せを運ぶ女神が本当はいるのではないかと思わせる本であった。

( 協力 / 桃園書房・小説CULB '92年2月号掲載)

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