この本は人間の無意識ではなく意識がミステリーになってるんですが、無意識以上に、他人の意識も理解しずらく、恐怖というより、そこはかとないゾクゾク感がいつまでも残ります。「秘密」とタイトルがつく秘密の部分は読んでのお楽しみということで、設定はご紹介してもかまわないでしょう。実に緻密な設定と筋書きです。文章は平易な文体で、青春小説を読んでる感じで、活字の重さにひっかからず、もうスルスルいきます。以前、中島らもさんが「小説はスジやね」と言った言葉を思い出しまいました。
平均的な小学校六年生の娘が一人いる家庭に事故があり、夫は妻を失う。ところが奇跡的に助かった娘に妻の意識がのり移ってしまう。つまり、肉体は娘で意識が妻。コミカル感は全編に漂っているんですが、説得力があります。そして、その事態を二人は医者にも親戚にも隠し通おして、生活していくわけです。なぜ事態を公にしないのかと言う説明がマスコミの餌食になりたくないからというもの。まさに現代です。それでよしと思ってしまいます。ところがこの事態はタイトルにある「秘密」でもなんでもないんです。秘密は本を閉じる時に明らかになります。知りたいですね。でもそこを言ったらお仕舞い。犯人がわかって推理小説を読むようなもの。そしてその最後に文体なんかどうでもいいと思わせる格調がにじみ出てきます。この設定が読み始めて数ページでなされる訳です。
私はそういう事態になった時にすぐ、持ち前のスケベ心で、娘が成長してからの夫との肉体関係はどうなるのじゃと思ってしまいました。だって意識は妻ですからね。料理はできるし、普段の会話は妻ですから。どう思います。私には娘がいないので、実感として理解不能なんですが、どうもずるずる背徳の行動に行く予感。娘のいるメンバーの大竹と斉木に尋ねてみた。二人とも肉体関係はありえないと即答。そのうち話は熱がおびてくる。「倫理観の問題かな」と大竹。当然話はそういう方向にいく。斉木は「そういうことではない」と宇宙観を持ち出す。娘の肉体を持った妻。肉体と意識。はたしてあなたの選択はどちらに。意識より、目にみえる肉体のリアリティーは圧倒的なんでしょうかね。そうすると人間の意識はどうなるのでしょう。酒つまみにひと話題、けっこう盛りあがります。イマジネーションを刺激する奇妙な感動と自立とは何かを考えさせられる不思議なミステリーでありました。
( 協力 / 桃園書房・小説CULB '99年5月号掲載)